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2019-07

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姿を変えたオリンピック会場。 - 2017.08.23 Wed

そう言えばこの時期に私達が当初の予定であった中東を後回しにして、急遽旧ユーゴスラビア圏や東欧を回る事にしたのは、


イスラム教のラマダン(断食)を避けるため。



にも関わらず、いざやって来たボスニア・ヘルツェゴビナは、、、





おもいっきりラマダン中っていう・・。


まさかヨーロッパに来てまでラマダンにぶち当たるとは・・


もはや避けては通れない運命だったのですね・・。


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とは言え、イスラム教徒以外にもカトリック教の人も沢山暮らすサラエボ。


なので昼間からレストランやカフェ等の飲食店も普通に営業をしているし、


ラマダンだからと言って旅行者が特に困る事はありません。



むしろラマダンって事も忘れそうになるぐらいの賑わいよう。
お酒だって普通に飲めます。




レストランの店員さんはボスニアの民族衣装を着ている人が多くて可愛い!




またまた食べましたよチェバプチチ。
やっぱり美味しい!




でもやっぱりこの街に住むムスリムの人達はちゃ~んとラマダンをしているみたいで、
昼間はレストランで食事をしている人の中に、スカーフを着けている人は見当たりません。



ただ、日没前の夕方になると、、、



レストランの席はムスリムだらけ!



みんな日没の少し前から今か今かと待ち遠しそうに料理を注文し、テーブルには沢山の料理が並べられているにも関わらずやっぱり日が沈むまでは手を付けません。



サラエボの街ではこの時、毎日夕方ぐらいになると遠くの方からドッカーーン!って大砲みたいな物凄い爆発音が聴こえてきて、



その度ビクーーッ!!:(;゙゚'ω゚'):とさせられる私達。



歴史も歴史だけに、もしかしてまた始まっちゃったのかと思うぐらい・・。(ブラックジョーク)



そしてその爆発音の直後に毎回イスラム教のアザーンが流れ出すので、これは一体なんなのかな?と、毎回不思議に思ってました。



でも数日サラエボに滞在してようやく気付きましたね。



あの大砲の音は、

日没の合図だと!



ムスリムの人にとっては、ようやくご飯を口に出来る1日のうちで最も待ち望んでいた時間。

もはや祭りの始まりのような時間だと!!



なのでその大砲の音が聴こえたら、
一斉にテーブルに並べられたご飯を食べ始めるムスリムの人達!



「ドッカーーン=いただきまーーす!!」



と言わんばかりに!!



ラマダンを避けて動いていたはずの私達なのに、思いがけずリアルなラマダン風景を間近に見させてもらう事が出来て面白かったです。



ラマダン月にボスニア・ヘルツェゴビナに来れて良かった~!





そうしてサラエボ観光最終日。



この日は路線バスに乗って、
サラエボ冬季オリンピック跡地へと行ってみることにしました。





サラエボの中心地からは2km程離れた場所に見えてきました、オリンピック記念塔。



サラエボ冬季オリンピックが開催されたのは1984年。
偶然にも私が生まれた年です。



当時、人々は皆オリンピックの話題で持ちきりになるぐらい、サラエボの街はオリンピック景気に沸き、活気で満ち溢れていたそうです。



しかしそんな大盛り上がりを見せていたサラエボオリンピックの跡地も、


今ではほとんどの場所が、、、





真っ白い墓標が立てられたお墓へと変わっています。



そしてそのお墓に書かれた年号のほとんどが、1992年~1995年。





ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で亡くなられた方のお墓ばかりです。



紛争当時、毎日沢山の死体が運び込まれ、
お墓を掘っても掘っても間に合わず、
このかつてオリンピック会場だった場所を墓地にするしかなかったんだそうです。



あれだけ盛り上がっていたオリンピックの8年後に、まさかこんな悲劇が待ち受けているなんて誰も想像することは出来なかったやろな・・。



この広いオリンピック会場の中に、
ビッシリと立てられた数多くの墓標。



この墓標の数だけ戦争で亡くなった人がいるということが目に見えて分かり、いたたまれない気持ちになりました。




この場所以外にも、
サラエボの街中には沢山の墓地があります。





特に町の中心地からオリンピック会場へ向かう途中の道沿いは本当にどこもかしこも墓地だらけで、
こんなにも墓地の多い街は世界中を回ってきた私達でも初めて見たというぐらい。




この後街の中心地から少し歩いた所に、
サラエボの街を一望出来る丘があるというので、歩いて登ってみることにしました。




丘の上はカフェになっていて、
ここでゆっくり飲み物を飲みながら景色を眺める事が出来るのです。





ってゆーか、あっ!


この大砲!!



毎日私達をビクーーッ!!とさせている大砲はここから打ち上げられていたのですね。
一つ謎が解けました。

ってか、ガチ大砲やん・・。




ボスニア・ヘルツェゴビナは実はコーヒーが有名だという事で、
せっかくなんでここでボスニアンコーヒーをいただいてみることにしましたよ。



入れ物も独特でオシャレ。
備え付けのゼリーみたいなやつも、ボスニア名物の甘~いお菓子です。



気になるそのお味の方は、、、



むむ!!




むむむむ!!




ま・・・・(自主規制)



なんかね、ボスニアンコーヒーって粉を漉さずに、粉ごと飲む感じらしく、
口の中に入ってくるコーヒーの粉っぽさが美味しいのかなんなのか分かりませんが、私にとってはただただ邪魔者以外の何者でもありませんでした・・。

ごめんね、ボスニアンコーヒー・・。
やっぱり私はスタバへ行くよ。




そして肝心のここから見渡すサラエボの風景はと言うと、、、



山に囲まれ自然豊かでとても美しい。


ほんと、何度も言いますが、
この国に来るまでボスニア・ヘルツェゴビナがこんなに自然豊かな国だなんて全く思ってなかったな。



そしてやっぱりここから見ても良く分かる、





街のあちこちに隠れる沢山の墓地。



美しい自然と、
これからどんどん発展していこうとする街の力。
そこに見え隠れする戦争の傷跡。
そして立ち込めるチェバプチチ屋の煙。



ほんと、ここから見渡す景色がまさに、


「This is Sarajevo」


といった感じ。




戦争は恐ろしい。
戦争は二度としちゃいけない。
戦争は悲しみしか生まない。



今まで散々聞いてきた言葉ですが、
この国に来るまでその事についてこんなにも真剣に考えた事はなかったと思います。



実際に戦争を経験してきた人達が、
今までどういう想いでその事を伝えてきていたのかということが、分かったような気がします。



今から22年前、当時小学生だった私でも記憶に残っているぐらい、そう遠くはない過去に戦争をしていたボスニア・ヘルツェゴビナ。



それでも今はこうやって普通に観光も出来るし、人々は悲しみを背負いながらも笑って暮らしている。



残念ながら今現在も戦争真っ只中の国もあるけど、そういった国もいつかこの国みたいにみんなが笑って平和に暮らせる日が来ると信じています。



そうなった時はぜひ私もその国を旅行したいので、どうかそうなる日が一刻も早く訪れますように。







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サラエボのあちこちに残る戦争の傷跡。 - 2017.08.22 Tue

ボスニア・ヘルツェゴビナに来てからというのも、


ブログの内容がほぼ戦争の事ばかりになってしまってすみません。



私だって書きたいんです・・



目の覚めるような絶景と出会い、涙したエピソードとか、
宿で出会ったイケメン外国人といい感じになり、そこから始まるドキドキ2人旅の話とか・・(←相方さんどこ行った?)



という訳で今回の記事はなんと、、、



しっかり戦争に関するお話ですよ。



イケメン外国人との2人旅もいつか必ず・・(T^T)


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と、その前に、


宿の人からサラエボ旧市街の中に、
美味しいパイ屋さんがあると教えてもらったのでやってきましたよ!


【Oklagija】

住所:Bravadžiluk 17a, Sarajevo 71000, Bosnia and Herzegovina



このお店はボスニア・ヘルツェゴビナの郷土料理であるパイ、『ブレク』の専門店。

ミートパイやチキンパイの他に、ほうれん草などの野菜パイやチーズパイなど様々なパイが売られているのです。



ここで私達がチョイスしたのはチキンパイ!




これ、一口食べてビビリました・・



餃子や!!

モチモチした餃子や!!( ゚д゚)




つまり、めっちゃ美味しい!!



美味しすぎて次の日また買いに来ましたからね!!



正直、この国に来るまではボスニア料理って何があるのかピンとこなかったし、全く美味しそうなイメージを抱いていませんでしたが、


この前食べたチェバプチチといい、
今の所ボスニア料理、何を食べても美味しいです!!




そうして気持ちもお腹も満たされたところで、今日もサラエボの街をブラブラと歩いてみます。



モスタルでもそうでしたが、
サラエボの街中にもやっぱり、、、







沢山残っている銃痕。


まさか自分が、銃痕を見慣れる日が来るとは思いもしませんでした。



中には一応銃痕を埋めてる建物なんかもありますが、、、



なんだか逆に生々しい・・。




サラエボの街は周りをぐるりと山に囲まれた、すり鉢上の地形になっています。



今はその山の斜面に赤い屋根の家が建ち並び、美しい景観を作り出していますが、


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時はその山の上をセルビア人勢力が占拠してサラエボの街を包囲し、
その山の上から街中に向けて発砲、爆撃などの攻撃が行われたそうです。


この包囲戦を『サラエボ包囲』といい、
4年間もの間続けられ12000人の犠牲者を出したんだとか。


このサラエボ包囲の犠牲になったり故郷を追われたりしたことにより、サラエボの人口は元々の数の64%にまで減少したんだそうです。





こちらはサラエボ市内の一番賑やかな通りにある、

【永遠の炎-Eternal Frame-】





1984年に開催されたサラエボ冬季オリンピックの時から現在に至るまで一度も消える事なく灯され続けている炎です。


内戦中でさえ炎が絶やされなかったのは、
人々の平和への願いがここに込められていたからなんだとか。


今では内戦で亡くなった人への慰霊の灯火という意味も込められているこの炎。




意外とこの場所でポーズをきめながら楽しそうに記念写真を撮っている観光客が沢山いたことに、違和感を覚えずにはいられない私なのでした。





そして再びサラエボ市内を歩いている途中、


「あれ?もしかしてこれって・・」


と、たまたま見つけてしまったのが、





【サラエボのバラ】


内戦時、迫撃砲の砲弾による死者を出した爆発の跡を、後に赤い樹脂で埋めたもので、
樹脂が花の様に配列している事からこのように呼ばれているそうです。



つまり、この場所で人が亡くなっているという事。



ちなみにこれはサラエボのZARAの向かいで発見しました。





そして更にその近くにももう一つ・・。





バラはバラでも、
こんなに悲しい気持ちになるバラは初めて見ました。


かつてサラエボの街中にはこういったサラエボのバラがあちこちにあったそうなんですが、
最近は街の区画整理などが進み、サラエボのバラもほとんど無くなってきているそうです。


私達も随分サラエボ市内を歩き回りましたが、サラエボのバラを見つけたのはこの2箇所だけです。


いつまでも戦争の傷跡を残し続けておくのも良くないのかもしれませんが、


やっぱりこういった、人が亡くなった確かな形跡を目の当たりにした事によって、改めて戦争の恐ろしさについて考えさせられるきっかけにもなりました。


世界中でこれ以上、こんなに悲しいバラが増えて欲しくないと願うばかりです。





そしてそのサラエボのバラからもう少し進んだ先にあるのが、

【スナイパー通り】

と呼ばれる、かつて人々からとても恐れられていた通り。



今では沢山の車やトラムが行き交うなんの変哲もない大通りですが、


紛争当時は、

“動くもの全て標的にする”


と言って、この通りの周りに建つ建物の影に潜むセルビア人勢力の狙撃手達から老若男女問わず一般市民でさえも常に標的にされていたそうです。


だからなのか、建物に残る銃痕も、
このスナイパー通り周辺が特に多いように思いました。



そしてそんなスナイパー通りのすぐ向かいに建っているのが、

【HOTEL HOLIDAY】



今は建て替えられて綺麗な外観となっていますが、


かつて『Holiday Inn』という名前で、1984のサラエボ冬季オリンピックを記念して建てられそうなんですが、


紛争中も世界中のジャーナリスト達の為に唯一営業を続けていたホテルなんだそうです。



紛争当時、実際にこのHoliday Innに宿泊し、戦闘中のサラエボ市内を取材したジャーナリスト山路徹さんの映像がyou tubeに残っており、その映像を観た私は衝撃を受けました。



スナイパー通りを必死で走り抜け、
水も電気も止まったホテルに泊まって取材を続けるジャーナリスト。


ここまで命の危険を犯しながらも体を張って戦場の実態を伝えようとしてくれるジャーナリストの人々は、本当に凄いお仕事をされているなと思います。


その人達のお陰で私達は実際の戦争の恐ろしさとか、そこに住む人々の想いを知る事が出来る。



映像の終盤にあった、


「これは民族紛争ではない。」

「私はムスリムもセルビア人もクロアチア人も大好きだ」



という人々の言葉が、とても印象的に私の胸に響いてきました。






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サラエボの『今』 - 2017.08.21 Mon

自然が綺麗でのんびりとした癒し系の町モスタルを離れ、


続いて私達が向かうのは、、、


ボスニア・ヘルツェゴビナの首都、

【サラエボ】





サラエボのイメージですか?


ごめんなさい、やっぱり・・


今のところ“戦争”しかありません・・。


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モスタルからサラエボへはバスで向かいます。


モスタルに到着した時にバスターミナルでサラエボ行きのバスの時刻表を確認しており1日に何便かある事を知っていたので、チケットは当日に直接バスターミナルで購入しましたよ。



・モスタル→サラエボ
・AM11:00発→PM14:00着(所要約3時間)
・20KM(約1300円)




町の真ん中にもの凄く綺麗な川が流れていたモスタルですが、その川はサラエボへも繋がっているみたいで、


モスタルからサラエボへはその川沿いをずーっと走っていくのでバスから見える景色がめちゃくちゃ綺麗!!





田舎になるにつれて川の水もどんどん青さを増していきます。


周りを山に囲まれており、とっても自然豊かなボスニア・ヘルツェゴビナ。


ずーっと眺めていても飽きない景色。



くどいようですが、、


ボスニア・ヘルツェゴビナがこんなにも美しい国だなんて、私、聞いてない(´・_・`)





そうやってバスの外の景色に釘付けになっているうちに、あっという間に到着しました、


サラエボ!!




実はボスニア・ヘルツェゴビナという国は、2つの国で構成された連邦国家なんだそうですよ。



ボシュニャク人(ムスリム)、クロアチア人(カトリック)からなる、
【ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦】

セルビア人(正教会)からなる
【スルプスカ共和国】



この2つの国を分けるきちんとした国境があるわけではないので自由に行き来する事は可能なんですが、
通貨のデザインも違えば大統領も別々なんだそうですよ。



そして首都であるサラエボは、
その2つの国のちょうど境目に位置しており、サラエボの中心地はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側にあるそうです。



その両国の仲がどうなのかは私には分かりかねますが、
なんだか今でも複雑そう・・(´・_・`)





サラエボのバスターミナルに到着して外に出てみると、、、



むむ!なんだかバーベキューのような美味しそうないい匂いが立ち込めています・・



まだお昼ご飯を食べていなかった私達はその匂いにつられて、気付いた時にはバスターミナルの向かいにあったレストランの席に座っておりました。

はっ!いつの間に!?( ゚д゚)



そこで現地の人達がこぞってみ~んな食べていた料理がこちら!



チェバプチチ!


モチモチしたパンみたいな生地の中に、ソーセージのような、細長いハンバーグのような、挽肉を炭火でこんがりと焼いたお肉が入っていて、それを細かく刻んだ備え付けのネギや玉ねぎと一緒に食べる料理。


気になって私達も試しに食べてみたのですが、、、


なにこれ!!
めっちゃ美味しい!!( ゚д゚)



臭みもなくジューシーで、
ここがイスラム教の国じゃなかったら思わずビールも一緒にいっちゃいたかった系の味付けです!


しかも小さいサイズでもお腹いっぱいになるぐらいのボリュームがあるのに、
これがたったの3.50MK!(約230円)



安ーーい!!


この時は何も知らずにたまたま食べたけど、どうやらチェバプチチはボスニア・ヘルツェゴビナの国民食として愛されているそうですよ!



モスタルでは自炊ばっかりしてたので、
実はボスニア・ヘルツェゴビナのご飯がこんなに安くて美味しいなんて知らなかった!
早く言ってよ~。



完全にお気に入ったチェバプチチ!
これから末永くよろしくお願いいたしますm(_ _)m



ご飯を食べ終えた後は、
サラエボの町中を走り回っているトラムに乗って、予約している宿へと向かいます。





イタリアもクロアチアもそうでしたが、
ボスニア・ヘルツェゴビナもバスやトラムに乗る時は、事前にその辺の売店でチケットを買っておくシステムなんですね。


このあたりの国ではそのシステムが流行ってるみたい。(流行ってるとかではない。)




こちらがモスタルからずっと繋がっている川。



ここまで来ると残念ながらあの幻想的な青い色はどこかに置き忘れてきてしまったようですが、
それでもサラエボの町並みも想像していたよりとっても綺麗で都会です。


22年前までここが紛争の最前線の地だったとは思えない程。





そうしてやって来ました。
今回サラエボでお世話になる宿、

【HOSTEL LUCKY】



入口のいかにもラッキーそうな絵が目印です。

【Booking.com】
で予約しました。






・ダブルルーム1泊2人で16ユーロ(約2050円)
・トイレ、シャワー共同(清潔、ホットシャワー)
・エアコンあり
・wifiあり(部屋でも使用可)
・キッチンあり(キッチン用具も充実していて使いやすい)
・サラエボ旧市街まで歩いて10分ぐらい。



一軒家を丸々ホステルにしたような宿で、
住宅地の中にあるので静かで清潔。
宿の人は英語も話せてオススメの観光スポットとか、美味しいレストランとか色々と教えてくれて親切でした。



あと、ここの宿のトイレにも設置されていました、、、ブルーレット置くだけ!!


今まで色んな国を旅してきましたが、
ここまでブルーレット置くだけの普及率が高い国は初めてですよ!


水周りを綺麗に保つ文化。
素敵です。





チェックイン後は早速サラエボの中心地、
旧市街の方を歩いてみました。





沢山の飲食店に、沢山のお土産屋さん。
活気ある街並み。



モスタルの時も驚きましたが、
サラエボの旧市街もビックリするぐらい観光地化されてる!



今までこの国の事をあまりちゃんと知らなかった私は、サラエボに対しても勝手に“戦争”のイメージを強く抱いていたけど、



実際にここで暮らしている人達はもうとっくに前を向いて進んでいて、
これからはもっともっと観光客を増やして街や国を盛り上げていこうとしているパワーを感じます。



そう思うとなんだか、一観光客の自分がいつまでもボスニア・ヘルツェゴビナに対して戦争のイメージ=負のイメージを引きずり続けていたことも、
現地の人達の感覚とはかなり温度差があったのかもしれません。



もちろんそういう悲劇があったということを忘れてはならないけど、
それだけではなくてもっと、ボスニア・ヘルツェゴビナの『今』を伝えていけたらなって思います。





サラエボもやっぱり美人な人がめちゃくちゃ多い!
そしてみんな髪が綺麗!

顔は諦めるとして、トリートメントは何を使ってるのか教えてほしい。





イスラム教のスカーフを巻いている人も多いけど、あまり厳格じゃない人も多いのか、髪も見せて肌を露出している人も沢山います。




こちらはサラエボのシンボル的存在であるらしい【セビリ】という水くみ場。




とは言え・・

私にはちょっとこれの凄さとか魅力とか遊び方がイマイチよく分からなかったので・・



記念撮影も適当。

そんなことよりサラエボも、
ジェラートが安くて美味しいのだ。




てっきりコカ・コーラかと思ったら・・



「enjoy Sarajevo」

表記が「1993」なのが意味深です。





サラエボにだってロンドンみたいなところもあるんだから。




サラエボのイケてるスケーターはやはり、





Tシャツはセブンイレブンですよね。
さすがです。




やたら渋いシルバーのお店を発見。





ただ、この下着は勝負が過ぎると思いますよ。




そして最後は世界的にめちゃくちゃ有名なこちらの橋、

【ラテン橋】



1914年6月28日、
オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻がサラエボを視察中、
ボスニア系セルビア人の青年によって暗殺されたサラエボ事件の起こった橋です。


そしてその事件をきっかけに勃発したのが、第一次世界大戦。


まさに世界の歴史を大きく動かす事件が起こった現場ですね。




暗殺されたオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻。




サラエボ事件を起こしたボスニア系セルビア人の青年ガヴリロ・プリンツィプ。



そんな歴史的にとても重大な事件が起こった橋ですが、





今では人々の願いが込められたおまじないの鍵が沢山掛けられていて、ちょっとした観光名所のようになっていましたよ。




『ユーゴスラビア紛争』とか、
『サラエボ事件』とか、


今までなんとなく聞いたことはあったけど、そこまでよくは知らなかった沢山の出来事。


この国に来てから毎日が歴史の勉強のようです。


綺麗な街並みとか壮大な絶景を観て「わぁ~凄い!」と感動するのも旅の醍醐味ですが、


こうやって自分の目で見て世界の歴史とか背景を学べた事も、旅で得た大きな財産だなって思います。


今試しに世界史のテストを受けてみたら、
あの頃よりももう少しだけいい点数を取れる気がします( ͡° ͜ʖ ͡° )ニヤリ





そうやって過去に様々な出来事が起こったサラエボの街。



サラエボと言えばそういう悲しい歴史のみを連想させてしまっていた私。



でも実際にこの街を訪れてみると、



『今』この目で私が見たサラエボの街は、





夕日に照らされる街並みがとても綺麗で素敵だなと感じました。






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大切なのは、伝えていくという事。 - 2017.08.18 Fri

来てみたら、思ってた以上に自然豊かで程よく観光地化されていて想像と全然違ったボスニア・ヘルツェゴビナの町、

モスタル。



来るまでは全くどんなところか知らなかったのに、思いの外居心地が良くてここでは4泊もしてしまいました。


そんなモスタルの町を、今日も色々と歩いてみたいと思います。


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お土産屋さんやレストランなどが沢山建ち並ぶ中心地を外れて少し歩いて行くと、、、




実は大きなショッピングセンターもあるモスタル!





中も広くてなかなか綺麗。




ZARAもありますよ。




ショッピングセンターの下にあるマクドナルドでは、食事を楽しむ地元の人達。



若い人は男の人も女の人も今時のオシャレを楽しみ綺麗に着飾っていたり、
おじいちゃんおばあちゃんは孫と手を繋いで楽しそうにお喋りしながら歩いてる。



22年前にテレビのニュースで戦地として頻繁に伝えられていたあのボスニア・ヘルツェゴビナですが、
今では人々はすっかり私達となんら変わらないような生活を送っているように見えます。



そうやって戦後20年ぐらいでここまで国は復興するものなのかと驚かされることもあれば、



おそらく戦争当時のまま修復しきれていない廃墟のような建物もまだまだ沢山あります。









今でも戦争の面影は目に見えて残っている。



この建物はスナイパータワーと言って、



もともとは銀行として使われていた建物なんだそうですが、当時町で一番高い建物だったということから、戦争中、狙撃兵達の基地になっていたそうです。


こんなビルの中から狙撃してくるなんて、
想像しただけでも恐ろしい。


今でもなんだかものものしい雰囲気が漂っていましたが、当時この町に住む人にとってどれだけ恐ろしい建物だったことか。
今ではどういう気持ちでこの建物の前を通っているのかが気になります。




もの凄い爆撃の跡!!



と思ったら、、



その下では普通に綺麗なレストランが営われています。



これからどんどん発展していこうとする町のエネルギーと、そこに見え隠れする戦争の傷跡。



そんなモスタルの町並みを見ていると、
やっぱり様々なことを考えずにはいられませんね。



ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結したのが1995年、今から22年前のこと。



って事は、この国に住んでる22歳以上の人は、
み~んな戦争を経験してるということ。



22歳以上なんて国民の大半だと思うし、



私より若く見えるあの可愛い女の子も、
カフェで接客してるあの男性も、
孫と手を繋いで幸せそうに笑ってるあのおばあちゃんも、



みんなみんなその悲劇を経験しながら今こうやって笑いながら生きている。



日本ではもう国民の大半が戦争を知らずに時代を生きている。
私にとっても戦争って、昔々にあった大変な出来事という感覚で、正直自分とは直接あまり関係のない事のように感じています。



でもこの国では大半の人々が自分の生まれた時代に戦争を経験している。



一見誰もがもうそのことで暗くならずに前を向いて歩いているように見えますが、
戦争で傷ついていない人なんてきっといないはず。



そう思うと、なんだか心の奥がキュッと締め付けられるような、いたたまれない気持ちになるのでした。




こちらに建っている立派なモスク。




これも戦争中に爆撃を受けて破壊されたのを、今は綺麗に修復されたようです。





今はお墓になってるこの建物も、




戦争中は無残な姿に。





町中のお土産屋で売られていた、、、



銃弾をモチーフにしたボールペン!


えっ、ネタにしちゃうんやそこ!!Σ(゚д゚lll)
ある意味これが一番の衝撃でした・・。





そして前回も紹介しましたモスタルの象徴であり、世界遺産に認定されている橋、

【スタリ・モスト】



16世紀に造られたこのスタリ・モスト。


紛争が起こる前までは、この町に住むボシュニャク人(ムスリム)、クロアチア人(カトリック)、セルビア人(正教会)の人々は
この橋を行き来しあい、とても仲が良く、異宗教、異民族間の垣根を越えての結婚などもあったそうです。


しかし紛争よって民族間の溝が深まり、争い合うように。


そして1993年11月9日午前3時、
とうとうスタリ・モストは破壊されてしまいました。




終戦後、このまま橋が破壊されたままだといつまで経っても民族間の溝は埋まらないという事で修復計画が持ち上がり、2004年に修復が完了。


そして2005年にボスニア・ヘルツェゴビナ初の世界遺産に認定されたそうです。



この橋の脇には、

「DON'T FORGET '93」

と書かれた石碑が。



町の象徴である大切な橋が破壊されて、悲しんだ人が沢山いたのだと思います。

ここにこの町の人々の想いが込められているのですね。



そしてこのスタリ・モストの隣には、
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の事を伝える為の博物館があったので、中に入ってみることに。





ここには戦争当時のモスタルの様子を写したニュージーランド人のカメラマンWADE GODDARD氏の写真が展示されています。







破壊されたスタリ・モスト。




戦地の中でもパーマをあてるおばあちゃん。




戦地でサッカーをする少年。




手に銃を持つ子供達。



その他にも沢山の写真が。














私は戦争を経験した事のない世代だけど、
戦争は絶対にやってはいけない。二度と繰り返してはならないこと。だということは知っている。



なぜなら今まで、

戦争を経験した人達が必死でそれを伝え続けてきてくれたから。



正直今までそこまで戦争について深く考えた事はなかったかもしれません。



でも実際に自分の目でこの町を見てみたり、この博物館を訪れたことによって今までの人生の中でも最も『戦争』について深く考える機会となりました。



このカメラマンの人がこの写真で私達に伝えてくれたことによって、

伝える続ける事の大切さ

にも気付かされました。



もしも伝え続ける事を怠って、
人々が戦争の怖さを忘れてしまったら、
人はまた過ちを犯してしまうと思います。



そうならないためにも、

伝えていかなければならない。
忘れてはならない。




この博物館の窓からは、
美しいモスタルの町が見渡せました。







なんだか戦争の事ばかりで、
真面目で暗いことばかり書いてしまいましたが、


このモスタルという町、

本当に綺麗でゆったりとしていて素敵な町だったんです。



ボスニア・ヘルツェゴビナって、
あまりイメージが良くなかったり、
何があるのか分からなかったりで、
旅中訪れない旅人も沢山いると思うんです。



でも人は優しいし(美人やし)、
自然が豊かで綺麗やし、
物価も安いし、
宿のコスパも最高やし、
何より他のヨーロッパの国にはない独特の雰囲気が流れているので、



イタリアやクロアチアでヨーロッパっぽいヨーロッパには割と満足していた私ですが、



この国に来て逆に新鮮でとても楽しかった!!



戦争どーのこーのは抜きにしても、
華やかなヨーロッパの街並みに疲れた時には、モスタルで少し休憩するのもオススメですよ!






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ほんの22年前まで戦争をしていた国へ。 - 2017.08.17 Thu

ドゥブロヴニクの美しい景色と穏やかな町の雰囲気にすっかり魅了された私達ですが、


その物価の高さから長居はできず、
泣く泣く次の町へと移動します(/ _ ; )



さて、ドゥブロヴニクから次はどこへ行こうか?と悩んでいた私達。



右隣にある国モンテネグロには、
【コトル】というこれまた世界遺産の美しい町があるらしい。



一方、北にあるボスニア・ヘルツェゴビナという国は、、、


申し訳ないですが正直・・
“戦争”というイメージしかありません。



という訳で私達は、



ボスニア・ヘルツェゴビナへと行ってみることにしたのでした。


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【ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争】


ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナで、

独立に賛成派のボシュニャク人(ムスリム)およびクロアチア人と、
反対派のセルビア人との間で1992年~1995年まで続いた内戦。

犠牲者の数20万人
難民・避難民200万人



1992年と言えば私が小学1、2年生の頃。


『ボスニア・ヘルツェゴビナ』『サラエボ』という言葉はよくテレビで耳にしていたので、子供ながらに今戦争中の国なんだということは漠然と理解していました。


今からほんの22年前まで戦争をしていた国。


その国が今現在どうなっているのか?
「興味」と言ったら失礼かもしれませんが、
それを自分の目で確かめるべく行ってみることにしたのでした。





まずドゥブロヴニクから私達が向かったのは、
ボスニア・ヘルツェゴビナの【モスタル】という町。



モスタルなんていう町、今まで聞いたことすらなかったけど、調べてみるとその町にはどうやら“世界遺産に認定されている橋”があるんだとか!


ボスニア・ヘルツェゴビナの世界遺産・・
なんかちょっと興味ある( ゚д゚)


って事でバスでモスタルへと向かってみるとこにしました。


・ドゥブロヴニク→モスタル
・16:00pm発(所要3、4時間・・曖昧・・)
・一人125kn(約2190円)+荷物代10kn(約175円)


〈ドゥブロヴニクのバスターミナル場所〉






ドゥブロヴニクからモスタルへのバスは断然左側がオススメ!

※一応バスの席は決まってるはずなのに、結構みんな適当な感じでした。。



出発してからしばらくは、美しいアドリア海の風景を眺めながら進む絶景ロード。



赤い屋根が並んでいるのはドゥブロヴニクだけではないのですね。



途中クロアチアを出国し、
ボスニア・ヘルツェゴビナへと入国するのですが、


バスの中でパスポートを回収され、
出入国はバスの係員が全てやってくれるので、私達はひたすらバスの中で待っていればいいだけなのでとっても楽チンポンです。




そうしていよいよ、

ボスニア・ヘルツェゴビナへと入国!


そこから見えた景色はというと、、、




正直、22年前まで戦争をしていたということもあって、ボスニア・ヘルツェゴビナってかなり貧しい国なのかな?って思ってたのですが、



普通に綺麗な家が沢山建ち並んでいます!





しかも一軒一軒の家がデカい!!


道路もコンクリートで綺麗に整備され、
今まで見てきたヨーロッパの田舎の風景となんら変わりない。


強いて言うなら山に囲まれていて意外と自然豊かな国だったんだなということが、他のヨーロッパの国とは違う所です。


この時点で少し、思っていたイメージとのギャップを感じる私。




そうしていよいよ到着しました!

モスタル!


正直、ボスニア・ヘルツェゴビナの治安はどうなんだろう・・?と、若干ビクビクしながらバスターミナルから宿へと歩いて向かう私達。



しかし、あれ・・?



のどかな山に囲まれた、至って平和そうな静かな町並み。




パタパタと風になびくボスニア・ヘルツェゴビナの国旗が可愛い。



驚いたのが、



町の真ん中をビックリするぐらい綺麗な川が流れています!!




どうやったらあんな色になるんだろうか?というぐらい、川の水が真っ青でとっても神秘的!



誰が想像したでしょう・・?



モスタルがこんなにも自然豊かで美しい町だってこと!!




そうして到着した宿。

【Happy Guest House】



【Booking.com】
で予約しました!


この宿がめちゃくちゃ良かったです!!



・ダブルルーム一泊16ユーロ(約2070円)
・トイレ、シャワー部屋付き(ホットシャワー)
・エアコンあり。
・wifi部屋でもサクサク!
・バスタオル、トイレットペーパーあり
・中心地まで歩いて5分!
・キッチンは・・あるけどコンロがない・・。



ってゆーか、

ここに来て宿代がめちゃくちゃ安くなりました!!

バンザーイ!!\(^o^)/


イタリアとかクロアチアの半額!
もしくはそれ以下です!!


それなのに個室やわ、清潔やわ、部屋にトイレもシャワーも付いてるわ、エアコンまで付いてるわで、


コストパフォーマンスが最強!!



誰が想像したでしょう・・?



ボスニア・ヘルツェゴビナの宿がこんなにも快適だってこと!!


トイレに『ブルーレット置くだけ』まで設置されてましたからね!




しかもしかも、私達の部屋からの眺めがこれですよ。





誰がこの景色を見て「うん、想像通りのボスニア・ヘルツェゴビナだわ。」ってなりますか?



この宿に到着してこの景色を見た瞬間に思いました。



「あ~、この町に沈没したぁ~い。」




更に町の中心地に繰り出してみると、、、





オシャレかよ。


石畳の美しい町並みに沢山のお土産屋が立ち並び、思ってた以上に観光地!


ボスニア・ヘルツェゴビナ、思ってたんと違い過ぎる!!



イタリアでは3ユーロ(約390円)もしてたジェラートが、ここではたったの1マルカ!(約66円)



ヨーロッパとは思えない物価の安さ!!
ありがたや~!!



しかも私ね、この町を歩いて数分で気付いてしまいました。







美人が多い!!


何度も何度も「あ、あの人綺麗!」って振り返ってしまうぐらい、モデルみたいに綺麗な女の人が沢山歩いてる!


これには相方さんも終始興奮。


今まで訪れた国の中でも、私の中で美人の多い国暫定一位です!!




かと思えばあれ?



スカーフを巻いた女の人?


顔を覗けば白人のヨーロピアンの顔をしているので少し違和感。



実はこの国には、

イスラム教徒の人も沢山暮らしているんです。



この町の真ん中を流れる川を挟んで、



向こう岸がムスリム(ボスニア人)地区。
手前側がクリスチャン(クロアチア人)地区に分かれているんだとか。


なので向こう側にはモスクが沢山建ってるけど、手前側には教会が沢山建っています。



町のお土産屋を覗いてみても、



お皿等の陶器類。




絨毯。




ランプなど、


トルコやモロッコで見たような、イスラム教の国ならではのお土産が沢山並んでいます。


当然町中では、1日何度もイスラム教のアザーンが流れるのが聴こえてくる。



ヨーロッパなのにイスラムの雰囲気を感じる国。
2つの宗教が共存している国。



なんだかこの国には、

今までのヨーロッパの国には無かった不思議な空気を感じます。




そしてこちらが噂の世界遺産の橋、

【スタリ・モスト】



わっ!綺麗!!( ゚д゚)


そこまで大きな橋ではないですが、
モスタルを象徴するとても美しい橋。


下を流れる川も透明度が高くてとても綺麗です。





しかしこの橋が世界遺産に認定されるまでには、実は悲しい歴史が残っているそうで、
その事についてはまた次回に書きますね。




そんな、思ってた以上に自然豊かで、
美しくて、穏やかで、観光地化されていたモスタルの町。


実際に来てみるととても素敵な雰囲気で、
一気にお気に入りの町となりました。


本当に22年前までこの国で戦争が行われていたの?と疑いたくなるぐらい。




しかしそうやって、町中を色々と歩き回っていると、
たまにドキッとする光景が、、、






町の至る所にある、無数の銃痕。


あっちにもこっちにも、





探さなくても分かるぐらい、
本当に至る所に残っています。



観光客がショッピングを楽しむ賑やかな通りでも、




よく見ると、、、



その銃痕の多さを見るだけでも、
いかにその戦闘が激しいものだったのかということが伺えます。



一見すっかり復興しているかのように見えても、



それでもほんの22年前の出来事。



多くの建物にまだ戦争の傷跡が沢山残っているように、
人々の心にも、まだまだ傷が残っているのかもしれない。






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